場所:倉敷市芸文館ホール
曲目:ストラヴィンスキー/イタリア組曲
ヴァイオリン:漆原啓子
ピアノ:松本和将
黛敏郎/文楽
チェロ:岩崎洸
ショスタコーヴィチ
ピアノ三重奏曲 第2番 ホ短調 作品67
ヴァイオリン:漆原啓子
チェロ:岩崎洸
ピアノ:松本和将
ストラヴィンスキー/兵士の物語
指揮・悪魔:井上道義
兵士:桂 小米朝
ナレータ:大島幾雄
王女:馬場ひかり
クラリネット:山本正治
ファゴット:前田信吉
トランペット:デイヴィッド・ヘルツォーク
トロンボーン:栗田雅勝
打楽器:奥村隆雄
ヴァイオリン:石田泰尚
コントラバス:星秀樹
★前半は漆原嬢や岩崎氏、松本氏を中心にした最も小さな編成で。
「イタリア組曲」では松本氏のピアノが光りました。軽やかな音色がピッタリで、とても良かったです。
演奏中、とても楽しそうなのもグッド。
「文楽」は曲目勝ち!と言う感じ。解説でも「無伴奏チェロ作品の名曲中の名曲」と書いてあるが、正にそのとおり。
これは日本人が弾いてこそ面白い事が出来るのではないかなぁ・と思いました。とにかく面白い曲で、そこまでしちゃうの?!
みたいな特殊奏法が面白かったです。
そして楽しみにしていたショスタコーヴィチのトリオ。やっぱり急ごしらえのトリオだからか、ぎくしゃくする部分もあったのですが、
カチリと嵌った時は素晴らしかった。後ろの松本氏がうまい事
合わせて行っていて、それが良かったのかも。アンサンブルをよく知っているピアニストだと思いました。自分が引っ込む所はちゃんと引っ込むし、
バランスがとても良かったです。
さて、実は前半の感想と言うのは後半を聴いたら吹っ飛んでしまいました。
今回の演出は井上氏の手によるもの。これがまた、いろんな人に色んな事をさせていましたが、一番体を張ったのは井上氏。すごい。
この物語、悪魔に未来がわかる本と引き換えにヴァイオリンをあげてしまった兵士が、どんなに金持ちになっても満たされず、悪魔と競り勝って王女と結婚するものの、
やっぱり故郷に帰りたくなって国境を越えると地獄に落ちる・と言うなんともまあ救いの無い物語。
一番最初のシーンは真っ暗闇から始まります。何やら爆弾が投下された様な轟音と、真っ赤に光る背景、上からブランコで降りてくる不思議な仮面をつけた人物……これから
何が始まるのだろうと言う不安を煽る様なオープニングでした。
ライフルを持った兵士たちがバラバラと寝ている中、ナレータの大島氏が何やらロシア語(多分)でまくし立てる。
突然日本語になって二週間後の開戦、そしてそれまでの休暇を告げると、暗闇の中横になっていた兵士達が立ち上がります。アレッ……演奏者じゃないですか。演奏者は皆
お揃いのカーキ色の軍服(と言うほどのものでもないが)に身を包み、横になっていたのです。それから演奏が始まるのですが、なんだか不思議な雰囲気。
なんと言うか、上手く噛み合わない、ギクシャクした音楽なのですね。そう言う風に聞こえるように設計してある音楽なのです。それがまた
兵士のこれから先の心理や人生を予感させる音楽なのです。
曲目は兵士がてくてく歩いてゆく「兵士の行進」とそれぞれのエピソードを描く音楽がサンドイッチになっていて、途中からはエピソードばかりになります。
「兵士の行進」を告げるトランペットとトロンボーンのファンファーレが華やかなのだけれど調子外れみたいな音(元々そう言う譜面ですよ。念のため)がとても良かったです。
ヴァイオリンとクラリネットが一緒の部分等もとても綺麗だったので印象に残っています。
が。
なんせ私は石田ファン。そんでもって今回、舞台上手にアンサンブルをちんまりと纏めてしまうと言う配置だった為に、センター寄りに
居た石田様ばかりに眼が行ってしまいました。そして、実際石田ファンじゃなくても石田様に視線は釘付けになったと思います。もう、演奏面では全てを持っていっていました(だって目立つ!と言う意味では井上氏には敵わない。後でわかります)。
しかし石田様、演奏ばかりでなく、いろいろ小芝居を割り当てられていました。
兵士が持っていたヴァイオリンを石田様に「調律してくれ」と渡し、妙に安っぽいヴァイオリンをキーキー調律しようとする石田様。これが本当に
変な音しか出ない(笑)。悪魔こと指揮の井上氏に「無駄だよ。」と言われ、石田様もあっさり諦め「ダメだ」と兵士に返却。これで会場の掴みはOK。
王女と兵士のワルツの所では悪魔に「お前も前に出ろ」と言われド真ん中へ出て行く石田様。もう「これは石田泰尚リサイタル?!」と思うくらい
ド派手な演奏で、いつもより二割増しぐらいの派手さ。しかも石田様、とっても気持ち良さそう。兵士と王女も周りでくるくる回っているし、とても面白い。
しかもこのシーン、演奏は格別。兵士と王女の恋のシーンですから、甘いわけなのですが、石田様の音はそこに色気があるんですよね。それがまたぞくぞくしました。見た目だけでなく、音でも楽しませてくれる、
当然のことなのかもしれませんが、実践は難しいと思います。
途中で井上氏が「お前、まだそこで弾いていたのか」みたいにして「戻りなさい」と言うようなジェスチャをするのですが、石田様は「じゃあ」と言う感じでなんと指揮者ポジションへ(笑)。
井上氏こと悪魔は「それは俺の仕事だ!!」と石田様から指揮を奪還しようとするも石田様も中々ゆずらない。指揮を取り返してホッとする井上氏とか、とても面白かったです。
こんなに小芝居が入る演奏者は石田様だけですから、どれだけ井上氏に信頼されているかが分かりますね。
あ、後突然演奏者全員が立ち上がって敬礼をするシーンも。めちゃめちゃ揃ってて凄かったです。なんかこの訓練に血道を上げたんじゃないかってくらい。揃いすぎです(笑)。
でも一番お芝居が多かったのはもしかしたら井上氏。そもそも顔の左半分はまっ白、右半分は真っ黒の塗り分けで登場。ひゃぁ!!と思ったのも束の間、
軍服からベストと赤い長靴に着替え(しかも演奏中に舞台上で!!)、虫取り網を持ってちょうちょ(ダンスの馬場嬢)を追いかけたり(そう言えば虫取り網で指揮もしていた)、それで捕まえられなかったからってもっと
大きな網を持ってきて捕まえたり、と、中々に忙しい。しかも悪魔の本性が出てからは燕尾服の上着のお尻から悪魔の尻尾がぴょこんと出ている
衣裳になって登場したり、舞台の上から転げ落ちたり、足と腕にギプスを巻いて出てきたり、かなり楽しませてくれました。最後にはなんと!!真っ赤な全身タイツに悪魔の尻尾付き!で登場。
ここまでやってくれる指揮者ってあまり知らない……。んもう、とっても面白かったです。お客さんはかなり正直に笑っていました。いや、率先して笑っていたのは私なんですけど……。
でも演奏者はそうも行きません。リハで見ている筈なのに石田様も笑いを堪えられなくなったのか口元に手をやって横向いていましたし。あれは頑張って笑いを堪えていたと思うのですけれど、どうでしょう(笑)。
兵士と王女の演技も中々でした。兵士は流石落語家、芝居の中で出て来る冗談や、時事の盛り込み方が秀逸。
未来が分かる本を読み上げるシーンで「ライブドアがフジテレビを乗っ取り?!」なんて言うのが出てきたり、「ズバリ言うわよ」と細木数子の物真似をしたり、
とても面白かったです。冗談を言うシーンでベッタベタな冗談ばかり並べるのですが、その後で井上氏が言った冗談に「あ…負けた気がする」と呟いたり、素っぽい部分も
出ていてとても面白かったです。
王女の踊りはとても繊細で柔らかく、素敵でした。王女は台詞が一切無しで、全てパントマイムなのですが、それで感情の機微が全て伝わってきましたから、
ものすごい事だと思います。
また、最後に兵士が昔の幸せを求め、地獄に落ちた後。音楽が全て終わり、一番始めのシーンにリンクし、爆弾が投下された轟音で幕を閉じました。
これにはちょっと考えされられましたね。劇の中の台詞でも、3年間の時間を盗まれた兵士に悪魔が「知らない間に戦争が終わって得したじゃないか」と言う
台詞もあります。それでもまた戦争が始まったり、どこかで起こっていたりするのだと言う暗示にも思えました(<深読みしすぎ)。
館風はこの演目、一度生で聴いた事がありましたが、全く印象が違う演奏でした。今回の方がずっと演劇の方に寄っていた感じ。
なんせオケまで演技させてしまいますから。とっても面白かったです。
カーテンコールで桂氏は「落語にはアンコールがありませんから、とても嬉しいです。気持ち良いですね!」と話しておられました。なるほどー、
そう言う事もあるのか。
そうそう。一番最初のカーテンコールで、王女と兵士がくるりと踊ったので、井上氏は次に紹介する石田様にも「君も何か踊りなさい」と言う様なジェスチャを。
石田様は「とんでもない!!」と言う顔で首を横に振るとライフルをきゅっと綺麗に抱えて一歩前進して礼。思わずブラボーの声をかけてしまいました。
いやぁ、声なんて初めてかけたよぅ……(会場の雰囲気が大盛り上がりだったので出来た事だと言える。なんせ終わってから会場の後ろから指笛が鳴り響くぐらいの盛り上がりよう。
はっきり言ってクラシックコンサート会場とは思えない盛り上がり方だった)。雰囲気のなせる業か。
石田泰尚ブラボー協会、会員募集中(笑)。会員資格:石田様のソロ終了後、ブラボーを言う。それだけ(笑)。勇気があれば(笑)立って拍手。
井上氏は最後に「明日はもう少し、普通です。」と言っておりました。少しだけ??と思ったのですが、それは翌日の演奏会を見れば分かる事でした(笑)。
今回の演奏会は井上氏の企画力、演技力、演出力、どれが欠けても成功は無かったでしょう。そして、
石田様にヴァイオリンパートを頼んだ事も大成功の要因の一つだと私は思います。指揮が居なくなるシーンでは
石田様が度々アンサンブルを引っ張っていましたから。石田様のコンマスとしてのスキルがこう言う所でも生かされていました。
井上氏と石田様に、拍手!