乙一



夏と花火と私の死体 天帝妖狐
暗いところで待ち合わせ 死にぞこないの青
石ノ目 GOTH
失はれる物語






2003年7月15日 夏と花火と私の死体


出版社:集英社文庫(2000)

★始めに断っておくが、今回はネタバレが激しい。この本は先入観なしの方が面白いので未読の方は 読まない方が賢明かと。

 乙一氏は17歳の時に第6回ジャンプ小説・ノンフィクション大賞を授賞。本作が受賞作。
 授賞は17歳ですが、書いたのは16歳らしいですよ。すごいですね。16歳でこれを書けるってだけでも凄いと思います。 ですからえーと、現在25歳でしょうか。まぁ、今いくつかなんては小説には全く関係ないんですが。


 タイトルに偽りなし。今までにない叙述形式である。主人公が死んだとき、私は「え?死んじゃったよ」と 驚いた。

 どうやら世間では乙一氏はホラーのカテゴリに入れられるらしい。そう言う意味ではあまり、怖くない。 彼の話で一番怖いのは人間だ。

 「夏と花火と―」も死体を隠そうとする兄妹が、死体の発覚のニアミスに追い込まれるシーンをドキドキするよう描いている。 しかし、そのドキドキよりも、主人公が描写する「その後の人々」が良かった。良かった、と言うか哀しい、とか怖い、とか言う意味なのだけれど。
 一番可哀想だったのは主人公が自分を殺した友達が段々と「死んでしまって哀しい」「殺した事に驚いている」と言う心理から「バレたらどうしよう」 「殺した事がバレたら嫌だ」と言う心境になって、自分の事だけを考えていくようになっていく姿をずっと見ている事だ。  こう言う心理描写の方が館風は面白いと思ってしまう。もしかしたら正しい読み方ではないかも。

 他の作品にしてもそうである。この文庫に納められていたもう一編の「優子」もそう。まぁ、こちらの話は どちらが狂っているのか分からないというすわりの悪さがホラーなのかもしれないが。しかし据わりの悪い話は 清涼院氏で慣れているのであまり気にならないのだが(爆)。
 なわけで、乙一がホラーだと言われてもあまりピンと来ない館風なのでした(笑)


2003年7月20日 天帝妖狐


出版社:集英社文庫(2001)

★表題作はなんだか嶽本野ばらの「鱗姫」を思い出した。段々「ヒト」ではなくなっていく体。怪我をするたびに筋肉が太くなる代わりに鋼鉄へと姿を変える。 やはり、ホラーでは無い。確かに始めの方の狐の早苗のシーンは怖い。それよりも私は夜木と杏子のやり取りが好きだ。まぁ、この辺は完全に私の趣味になってしまうのだが。
 ところで最後のほうのシーンの夜木の描写を見て思わずNARUTOの暗部を思い浮かべてしまったのは私だけか(<お前だけだ)。

 さて、今回私が気に入ったのはむしろ先に納められている「A MASKED BALL」である。
 顔が隠れているから何でも思っている事を言える。まるでインターネットである。しかし、インターネットではなくトイレのタイルを舞台にするのが凄い。解説で我孫子武丸氏がいっているので私が語る必要も無いだろう。
 私が特に気に入ったのは、最後まで出てこない『V3』である。伝言板の五人の中で、唯一最後まで正体をコレ!と明かさない人物である。
 しかし、主人公も気づいたとおり、彼がV3なのだと思う。悩み、苦しんで、自分は何も出来ないと思っていたのに、人を助ける事が出来た、その事が彼に自信をつけた。こう言うところに館風は弱いのである。でも、やりすぎはいけない。 この絶妙なバランス感覚が乙一氏にはあると思う。


2003年8月25日 暗いところで待ち合わせ


出版社:集英社文庫(2002)

目の見えない女性の暮らしに、ひっそりと入り込んだ男。女性は相手がそこに居ると気付くが、関わらない事にした。 しかし、次第に二人の心理に変化が訪れ…。殺人事件の容疑者の男はひとつの決断をする。
 心理描写がかーなーりー鬱。主人公二人は中高時代に他人の目や言動を意識過剰なくらいに感じて傷ついてきた。 それぞれ自分の殻に引きこもるきっかけのような事件があり、人との間に壁を作って暮らしている。その描写はとてもリアルで嫌になる。 こう言う心理に陥った事がある人でないと書けない文章だと思った。
 最後は感動です。幸いにも自分は目が見えるので光の無い世界は想像できないけれど、 暗闇の中に一歩を踏み出す、それがどんなに大変な事なのか、少し分かった気がしました。
 本編はとても感動ですが、あとがきはコミカルで面白いです。ダイエットの秘訣、面白かったです。


2003年9月8日 死にぞこないの青


出版社:幻冬舎文庫(2001)

★主人公は小学校五年生。ちょっと太り気味で運動は苦手だけど成績も悪くなく、聞き分けもいい子どもだ。 だけど、明るく活発なクラスメイトを自分とは違う人種であると決めつけ、話し掛けるのも勇気が出ない。
 そんな主人公がある日、クラスで虐めの標的にされた。表立って虐められるのではない。虐めている方は虐めていると気付いていないほどの じわり・と染みこんで来る様な虐め方だ。明確に意志を持って主人公を虐めの標的としていたのはその春から教職に付いたばかりの新任の担任教師。 彼は主人公をクラスの害悪とする事で生徒の不満の矛先を自分から主人公へ向けさせる事に成功した。そしてある時、主人公には見えるはずも無いものが見えた。

 陰湿な、そして許されざる虐めは主人公の優しく、聞き分けの良い性格も手伝って段々と深く主人公の心を抉ってゆく。 私には何故主人公がこんな状況を耐えているのかさっぱり分からない。確かに主人公が「二ノ宮(クラスメイト)はぼくを指差して笑ったりするけれど、本当は優しいヤツだって知ってる」と言うように、 人間には多面性がある。優しい面もあれば信じられないほど残酷な面もある。あそこまで陰湿な虐めを受けて、声を上げない主人公の心理がとても怖かった。 堪えて、堪えて堪えきれなくなったらどうなってしまうのだろう、と言うのがその怖さの源である。

 ここまで極端な例は無いだろうが、小さな時、こんな経験は無いだろうか。いつもクラスの中心に居る明るく、活発なクラスメイトに 何故だか気後れしてしまって普通に話し掛けることも出来ない。周りが自分が失敗するのを好奇の目で見ているのではないかと周りが気になって益々失敗する。 他人と違う事を言う事がとても怖い。今思えば「そんな馬鹿な事で」と言うような信じられないような理由で落ち込んでいる 事があるのが幼い日である。
 主人公は結局どう行動を起こすのか、ご自分の目で確かめて頂きたい。


2003年9月11日 石ノ目


出版社:集英社(2000)

★短篇集。表題作を始めとして「はじめ」「BLUE」「平面いぬ」の四篇が納められている。
 「はじめ」は週刊少年ジャンプで小畑健氏によって漫画化された。それを読んだ事があったので、そう言う話なのか、と思って読んだのだが、 漫画で読んだ時と大分印象の違う話であった。
 「BLUE」の主人公はぬいぐるみであるが、もう善意の塊である。どんなに嫌な事があっても良いようにしか捉えない。 読んでいる方はそれが悪意だと分かっているから主人公を応援したくなる。そして主人公とその持ち主テッドの繋がりに涙するのである。

 全体的に人間の弱い部分や、嫌な部分までもを細かく描き出した所がとても印象に残る。なので、 「はじめ」で出てきた主人公とはじめの心の繋がりや、「BLUE」の主人公の善意や騎士の心の変化等が霞んでしまい、どうしても 読後感が悲しくなってしまったりする。是非ともそちらに重心を置いて読んでもらいたいものである。


2003年9月13日
 GOTH リストカット事件


出版社:角川書店(2002)

★主人公を同じくした連作短篇集。主人公2人は所謂GOTHIC的要素を愛好する、少し変わった趣味の持ち主である。 クラスメイトと仲良く話す振りはできてもどうしてもそれが表面上だけで終わってしまう。そんな人物である。
 人が死んだところを回ったり、猟奇殺人事件等を調べるのが趣味の主人公は、犯人の視点で立っているうちに犯人とニアミスしてしまう。 そして、犯人が分かっても通報はしない。犯人の心理や、被害者の心理を観察するのが趣味だからだ。主人公はそれで被害者が増えてもかまわない精神構造をしている。 そう言ったところがGOTHICと言う事らしい。

 収録の「リストカット事件」を発表した時著者は「乙一なのにせつなくない」と言われたらしい。それを読んで乙一の特色は「せつなさ」だったのか、と私は思った。 しかし、今回の話のように「せつなく」なくても十分に面白い作品はあると思う。むしろ私は「せつなく」ない方がその他の部分も引き立って良いとすら思う。いや「せつない」のはせつないので カタルシスがあるから良いのだけれど。

 そう、今回は「せつない」の替わりに「ロジック」が組まれている。一つ一つの事件の犯人は誰か、や、逆に犯人視点で何故犯罪が失敗したのか、 様々な種類の謎がちりばめられている。私はいつもの乙一のつもりで読んだらミステリィだった、と言う喜びを得る事が出来た。 特に最後の話などは見事に騙される事請け合いである。ミステリィの乙一もまた読んでみたい。


2004年1月23日 失はれる物語


出版社:幻灯舎(2003)

★やっぱり〜、なんだか暗いの〜。うう、乙一読むと凹むんですけど…それはやっぱり私がいじめられっ子(子なんて可愛いもんじゃないけどさ)だったからか? とにかく小学校とか、中学校とかの時に休み時間に独りで居たような人しか分からないような心理が克明に描かれています。 でもこれ、健康な精神の人が読んだら普通なんだろうなぁ…(笑)。ちょっと小さい時にそう言うトラウマがある人が読むとどん底まで凹む、そんな本です。 だから普通の人(笑)は安心してお読み下さい。

 本作は短篇集で、今までライトノベルとして書いたものを集めてハードカヴァで出し直した物らしい。 このぷくぷくした装丁が素敵。凝っていますね。出来るなら本棚に入れずに飾っておきたい感じ。 そうそう、カヴァの裏に書いてある楽譜が誰の曲なのか誰か教えて下さい(笑)。



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